わたしが入った音楽学校は、東京都新宿を本校としているミュージックスクールウッドであった。専攻科目は、ヴォーカル科・シンガーソングライター科・ピアノ科・ギター科・ベース科・作曲科がある。
各科ごとに基本科・本科・研究科の順にレベルが上がり、1年ごとに受けるか受けないかを決められる学校である。また、基本科から本科ではなく基本科を通らずに本科から受けるのも可能なので、はじめから本科に行く人もいました。
さらに1年ごとに受けるか受けないかを決められると書いたが、1年ごとに学んだ科目とは別の科目を選択もできる学校でもあった。(例えばギター本科から作曲本科、ギター研究科から作曲本科や作曲基本科へ行くなど)そんな感じで自由に選べるのも魅力の学校であった。
わたしはギター基本科からギター本科を経てギター研究科まで3年間受けていた。次の章でその過程を少し紹介しましょう。
音楽学校に入ってから
私が音楽学校に入ってから気づいたことは以下のとおりです。
- 人が多い
- ドラム科がない
- 山口の音楽教室と東京の音楽学校で教えられた技術が違う
人が多い
ヴォーカル科・シンガーソングライター科・ピアノ科・ギター科・ベース科・作曲科それぞれが同じ待合室にてレッスンまでの時間を過ごすため、自然とコミュニケーションが生まれていた。
私は入学当初からコミュニケーションを積極的にとるようにしていたが、人当たりのいい人が多かった。
人生をかけて音楽を真剣に学びにきているからだろう、他者へのリスペクト精神が高い人ばかりでした。各科目の先生方も同じで相手を否定することがなく親身になって教えてくれていた。
学校のグループレッスンや個人レッスンがあり、個人レッスンでは生徒1人に2人の先生がついていた。
おかげで音楽学校での生活は安心して勉強ができたので非常にありがたかったのです。
ドラム科がない
ホームページを見てすでに気づいていたが自分の目で確かめないと気がすまないタイプであるため、実際にいったがやはりドラム科がない…
ドラムのことを知るために自分で学ぶ必要があったが、ギターの技術習得だけでも大変であったため、いまだにドラムのことをあまり知らないという結果になる。広く浅く知っておいたほうがいいので今後並行してやって行く計画を立てている。
教えられた技術の違いに戸惑い
私は山口県出身でギターは19歳の頃に買って教室で一時期習っていた。そのときはゴルファーを目指していたため、あまり身になっていなかった。23歳でゴルフをやるのはやめてギタリストを志したが左官職人の父から左官の仕事を身につけてから行ってくれと言われる(心配だったらしいが余計な心配ではあった)。
4年間ギター教室に通いながら、父の左官の仕事を手伝うことにし音楽学校に行くのを我慢していた。
26歳の2月、ギターを学ぶために上京しさあギター教室での経験がどのぐらい通用するのだろうかと思っていた。ところがである、あんまり通用せず上京してからのレベルの上がり具合に戸惑っていた。
スケールや音楽理論、ギターの弾き方も矯正した。音楽教室ではコードは一通り教えられたがその成り立ちを教えられたことはなかった。教えられたギターの技術のレベルに違いがあるため、悲しみと喜びでカオス状態である。
学校のレッスンではグループレッスンではアドリブ・音楽理論・譜面リーディング・インプロヴィゼーション・フレーズ研究などさまざまな教えがあった。更1人の生徒に2人の師がつくのでグループレッスンでわからなかったところも聞けるのが嬉しいポイントであった。
リズムの裏とりの練習は特に時間がかかったが基本科で教えられ本科に上がったときに本科から入った人は誰もできなかったため、基本から学んでよかったと思ったぐらいである。ひとえに個人レッスンでリズムの基本をしっかり教えてくれた鈴木史朗先生のおかげである。
また、個人レッスンの先生であるLORANの三村均さんのおかげで僕はギターを楽しく学ぶことができた。三村さんでなければ、僕は学校で死んでいたかもしれないと思ったぐらいです。
均さんに教えていただいたことは楽しくて忘れられません。がっかりさせないように音楽活動を続けて三村さんに恩返ししたいなあ。
音楽学校にいたときに決心したこと
音楽学校にいたときに決心したことは以下の3点です。
- 機材を揃える
- 人とコミュニケーションをとり続ける
- 睡眠時間を削ってでも練習する
機材を揃える
音楽学校にいたとき、私は5万円ぐらいのレスポールタイプのギターを使っていた。しかし、エレキギターは1本だけの所有であったため、不具合があったときに対処できない危機感を感じていた。
また、アンプはともかくエフェクターに関する知識はなかったため、全然使用したことはなかった。三村さんがあまり使わないとのことでわたしはその弾き方に憧れた。そうした背景でギターショップめぐりして出会ったのが、サンタナモデルPRS(ポールリードスミス)、フェンダージャパンのギターとっDigiTechRP360XPのマルチエフェクターである。
まずPRS(ポールリードスミスギター)は、音色がすごく柔らかできらびやかな音、何より自分の手が小さいので握りやすかったためすぐ購入した。そしてこのサンタナモデルのギターは24フレットまでありいうことなかったぐらいのギターでなおさら好きになったのである。
PRSは音楽学校で目立っていたため、あのPRSといえば平川さんと音楽学校の生徒や先生から認知されていた。おかげで初対面の人との話のきっかけになることも。
そしてエフェクター。エフェクターは使用しなくてもいいかなと思って手元のボリュームやトーンで調整していた。ところが楽曲によっては使用したほうがいいものがあるため購入を決意。
しかし近頃は、ボリュームペダルだけで良いと思ったのである。
マルチエフェクターを使用するときは他人の作成した曲を弾くときなので自分の作成した曲に関してはボリュームペダルだけでよいかなと感じたのが理由である。

睡眠時間を削ってでも練習する
一般的には精神論じゃなく効率を求めるがいいと言うけれど、効率はもちろんだが最後には精神論も必要なのだと思う。睡眠時間を削る必要があったかではあるがアルバイトをしながらであったため当時はやむなしである。
ギターの話をしようと思ったらまた書こうかなと思っていますのでよろしければまた読んでみてくださいね。


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